■選考総評
 
 遠い昔の記憶になりますが、山あいで種苗園をやっていた母方の祖父母のところへは、バスを降りてから子供の足で小一時間はゆうにかかる道のりでした。緩やかな坂道の左右には水田が広がり、ゆっくりとうねった丘の続きは、たしかジャガイモ畑だったのだと思います。石ころだらけの道をただひたすら歩くのですが、夏はいつも汗が滲み出し、何度もまだかなあと思うのでした。そんな時、サーッと風が来ると、その風には霧のような小さな水のしずくが一緒に混じっていて、その心地よさといったら何ともいえないものでした。
 しずくの源は道の脇に続く、水を送るためにかけ渡した木造の樋で、その所々から漏れ落ちている水が風に吹かれてシャワーのように散らされているのでした。見上げて顔にその飛沫を浴び、元気を補給してもらいました。
 今回のテーマは「命を支える豊かな水」。この言葉を目にしたとき、すぐ私の頭に浮かんできたのがその頭上の樋の記憶です。
 水にまつわる私たちの記憶は、それぞれに豊富だと思います。応募された写真を見ながらそれらがどれも自分の記憶と重なっているように思えたのも、いかに私たちの生活が水にまつわって濃密かということを教えてくれることに他なりません。
 実際の体験に基づく記憶であれ、小説や映画の中からの記憶であれ、私たちはこの国の自然環境の特徴から、「水辺の物語」をそれぞれの内にたくさん編み上げてきた種類の人間だと思います。その物語の種類だけ、集まった写真も多様でさまざま、じつにのびのびとしたイメージとして見られました。
 テーマによっては、応募される写真が類型化したイメージに偏ってしまうことがあるのですが、水の記憶はそれだけそれぞれの人々に固有なものとして強く貯められているからだと思います。
 金賞になった「川下り」も、水への親しさの歴史が作った光景に他なりませんし、銀賞の「山里の朝」の湿度感には冷気や匂いまでが伝わってくるようです。「溜池の中へ」も、若者の息吹が水辺によって誕生させられている感じです。
 まさに、「命を支える豊かな水」ですが、もっと遡って、命をもたらし、その命の精神風土をつくっている「水」の存在にあらためて目をみはりました。
 すべての写真に実感がこもっていた・・・・。このことこそ「水」を「豊かさ」の言葉で表せられる私たちの文化なのでしょう。